t*chou chou

別れ

なかなかブログを更新できずにいました。
PC、ミシンから離れた生活が普通になってしまい、空いた時間はテレビを見てばっかりいます。

4月・・・大好きな季節になりました。
桜がきれいに咲き、暖かな風。
今年は強風が多いような気もしますが、私は春が一番好きです。





そんな4月

私の大好きな祖母が亡くなりました。

1月に入院をし、大きな手術をし、元気になって退院しました。
2月から3月前半まで私の実家に泊まりに来ていて、息子ともたくさん遊んでくれました。
息子もひいおばあちゃんが大好きでした。

まさか・・・あんなに元気に回復してたのに・・・。

調子が悪くなって再び入院したのは忘れもしない3月11日の大地震の翌日でした。
毎週、息子を連れてお見舞いに行きました。
息子が幼稚園でおぼえてきたウサギの折り紙をプレゼントすると、嬉し涙を浮かべて
「おばあちゃん、毎日このウサギを眺めてるからね」

息子が 「おばあちゃん、元気になったらまた遊ぼうね!」と言うと

「また遊んでね」とおばあちゃん。

これが息子と私とおばあちゃんの最後の会話になってしまいました。

一週間後、お見舞いに行くと・・・おばあちゃんは苦しそうに息をしながら寝ていました。
呼びかけても反応はありません。
母からかなり悪くなってしまったと聞かされてはいたけど、まさかこんなに早く意識がなくなるとは・・・
頭の中はパニック状態でしたが、何もわからない息子は一生懸命に私や母に

「おばあちゃん ずっと寝てるね なんで起きないの?」と。

翌日も病院へ行きました。
泊まって付き添うという母を残して帰りました。
そして、その日の夜・・・4月7日
眠るようにして亡くなりました。

本当に顔が穏やかで、寝てるような気がしてならず、実感が全然ないです。
今でも、本当にもうおばあちゃんに会えないなんて信じられない感じです。

86歳でしたが、ずっとずっと元気で、他人からもいつも「若いですね」と言われてたおばあちゃん。
去年の秋には、おばあちゃんがずっと行きたがっていた黒部ダムへの旅行も私の両親が連れて行きました。
急な山道も登りきり、体力も気力も86歳とは思えない人でした。
物凄く健康管理をきっちりしていたのに・・・100歳までは余裕だと思っていたのに・・・

母方のおばあちゃんで、私が2歳の時から高校生になるまで一緒に暮らしていました。
私達兄弟が小学生になると母が仕事を始めたので、おばあちゃんに育ててもらったようなものでした。
その頃は反抗ばかりして、困らせてしまったなと大人になって後悔してました。

私に息子が生まれてから、家族も一緒にいろいろな所へ旅行をしました。
これからもずっと一緒に行けると思ってました。
毎年、お弁当持ってお花見にも行きました。

たくさんの写真が残っているので、思い出と一緒に心の中でいつも想っています。
[PR]
by tomo3-kyt | 2011-04-27 10:42 | 暮らし
<< キッズパーカージャケット あの日から >>